聖書箇所 エペソ人への手紙4:8-10
4:8 そこで、こう言われています。「高い所に上られたとき、彼は多くの捕虜を引き連れ、人々に賜物を分け与えられた。」
4:9この「上られた。」ということばは、彼がまず地の低い所に下られた、ということでなくて何でしょう。
4:10 この下られた方自身が、すべてのものを満たすために、もろもろの天よりも高く上られた方なのです。
「イエス・キリストだけが天にのぼられた」というテーマで、御言葉に沿ってみていきたいと思います。
上記御言葉はイエス・キリストのことについて言われています。
8節はイエス・キリストが昇天された後のことについて語られています。
昇天されたイエスさまは多くの捕虜、すなわち教理的に別のところに引っ張られていた人々を御自分の御元へと引き寄せてクリスチャンを神さまの備えられたまっすぐな道を歩ませるために、そういった人々に賜物を分け与えられたことについて書かれています。
このことは今の時代でも同じです。
今の時代もおかしな教理によって真理から別のところへと捕らえられているクリスチャンが沢山います。
でも神さまは、そういう人たちが真理のうちを歩むことができるように、ひとり子であるキリストを地上にお遣わしになりました。
9節にそのことが書かれています。
地の低い所とはまさに地上のこと、英語では、「この世」とか「地球」という風に訳されています。
そのようなことをふまえながら、テーマに沿って話をしたいと思います。
さて今の時代、目にみえるところは別として、霊的に世の中やキリスト教会を見るのなら、背教一直線へと進んでいます。
「背教」とは正しい教えに反発するということですが、イエス・キリストの昇天に関してもまがいものが入り込んできています。
何を言っているのか?というと、天に挙げられたのはイエスさまだけなのですが、天国へ行ったとか地獄へ行ったとか、そんな風に言っているクリスチャンが一部いるのです。
ご存知かどうか分かりませんが、そういった本も出ています。
たしかに旧約聖書を読むとエノクやエリヤが天に挙げられたことについて書かれています。
しかし、今まで何度も申し上げていますように、聖書の御言葉の多くはたとえが使われています。
もちろんそのまま文字通り読んで理解するところもあるのですが、このことはあきらかにたとえとして書かれていることを正しくとらえたいと思います。
と、言いますのは、聖書は終始一貫、すべてイエス・キリストを証する事柄だからです。
ですからエノクやエリヤは、まさに昇天されたイエス・キリストのことを示す型なのです。
彼らは生涯、主と共に歩んだ人々です。
そして、このことは今の時代を生きる私たちにも関係がある事柄なのです。
もし私たちが彼らのように、この地上において最後まで主の御心に沿って歩むのなら、魂が天に挙げられるのです。
すなわち天の御国を継ぐのです。
イエス・キリストやエノクやエリヤの昇天というのは、そういったことを言われているのです。
にも、かかわらず・・・生きている間に天国や地獄へ行って戻って来たというのは、まったく、御言葉に反しているのです。
それでもなおかつ、そういったことを盲信している人たちのために・・・イエスさまだけが天に挙げられたということをダイレクトに証する御言葉がありますので紹介させていただきます。
参照 ヨハネの福音書3:13-15
3:13 だれも天に上った者はいません。しかし天から下った者はいます。すなわち人の子です。
3:14 モーセが荒野で蛇を上げたように、人の子もまた上げられなければなりません。
3:15 それは、信じる者がみな、人の子にあって永遠のいのちを持つためです。」
参照 箴言30:4
30:4 だれが天に上り、また降りて来ただろうか。だれが風をたなごころに集めただろうか。だれが水を衣のうちに包んだだろうか。だれが地のすべての限界を堅く定めただろうか。その名は何か、その子の名は何か。あなたは確かに知っている。
いかがでしょうか?御言葉がこのようにはっきりと語っていることですので、そのまま受け入れていきましょう。
このようなことは聖書の基本中の基本のことなのですが・・・このことにかぎらず、終末はあらゆるインチキ教理がゆるされていくときですので、そういった罠にかからないようにぜひ、気をつけていきたいと思います。
聖書にも、「人の悪巧みや悪賢い策略によって教えの風に吹きまわされたり波にもてあそばれたりしないようにしましょう」ということが書かれていますが、聖書ではどのように言われているのか?ということに絶えず目を注いでいきたいと思います。
このことは以前から申し上げていますように、御言葉よりも教理の本や器の言うことを優先していくときに、どこかでポイントがズラされてしまいますので、日々、御言葉を読むことを習慣づけていきたいと思います。
また、疑問を抱いたときには、まず、祈りによって神様に聞いていきたいと思います。
繰り返しますが、天に昇られたのは唯一、イエス・キリストだけです。
今更何を?!と、おっしゃるかもしれませんがこのことは、ぜひ覚えておきたいと思います。
なぜこんな風にしつこく申し上げるのか言うと、これからアメリカを基点に背教が全世界に及ぶようになり、こういったことをはじめ根本的な教理が次々と覆されていくような時代に私たちは生きているからです。
たとえば復活は無かったとか処女降誕を否定するとかイエス・キリスト以外にも救いがあるからキリストの名では祈るなとか、イエス・キリストはじつはマグダラのマリヤと結婚していたなどの、聖書的にはまったく根拠の無いような教理が大手を振っていくような時代に入っていくと思いますが、どこまでもしっかりと御言葉をつかんでいきたいと思います。
そして、このような嘘・偽り・インチキを語ったり盲信したりしている愚かな教師や人々は、クリスチャンと名が付いていても、いずれさばかれてしまいますので、そういったことに巻き込まれることのないように、ぜひ気をつけていきたいと思います。
証
メッセージではいろいろと偉そうに書き連ねてしまいましたが、私自身も以前は多くのインチキや嘘や偽りを愚かにも盲信していました。
それはやはり、聖書をろくに読まずに御言葉よりも教理の本や器の言うことを優先していたからでした。
エレミヤ牧師から聞いたことですが、器の言うことをあまりにも優先してしまうときに御言葉とぶつかったり真理が見えなくなったりするということを教えていただきましたが、まさにその通りだと思いました。
でも主の憐れみによって、そういうことに関して霊的に目を開けていただき、何が真理でそうでないかの分別力も聖霊さまの力によって徐々に培われていくようになりました。
また弟子の歩みをしていく中で、教理のこともそうですが、そのほかの捕らえ違いや勘違いに関しても教えていただけるようになりました。
もちろんまだまだ盲目ではありますが、日々の御言葉の読み込みやお祈りや預言、礼拝のメッセージ等を通して必要なことをさらに教えていただければ・・・と思います。
本日も大切なことを語ってくださった主に栄光と誉れがありますように。
レムナントキリスト教会
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