詩篇1篇 2013.4.7
1:1 幸いなことよ。悪者のはかりごとに歩まず、罪人の道に立たず、あざける者の座に着かなかった、その人。
あざける者:イエス様が十字架に付けられたときに、あざけった人々
参照 マタイ27:39-42
27:39 道を行く人々は、頭を振りながらイエスをののしって、
27:40 言った。「神殿を打ちこわして三日で建てる人よ。もし、神の子なら、自分を救ってみろ。十字架から降りて来い。」
27:41 同じように、祭司長たちも律法学者、長老たちといっしょになって、イエスをあざけって言った。
27:42 「彼は他人を救ったが、自分は救えない。イスラエルの王さまなら、今、十字架から降りてもらおうか。そうしたら、われわれは信じるから。
こういう立場に立たない人は、幸い
ほとんどの人があざける立場に立った、そして、このことを神は許している→より分けの時だから
きちんと歩まない人はより分けられる、大半がより分けられる→例外的に残ることを目指す
歩みが表面的だと、より分けられる
このことは終末に繰り返される
惑わしの霊が来る
今の時代も、12弟子のように主に着き、弟子の歩みを成していく人が残る
アメリカのトレンドは、神のことばを嘲る方向
正しく備えをしていきたい
1:2 まことに、その人は主のおしえを喜びとし、昼も夜もそのおしえを口ずさむ。
あざける座に着かない人は、こういう人
昼も夜も、繰り返していく人
聖書を読まないと、見えてこない
時間を割いて、聖書を読む
何度も繰り返し、御言葉を読む
定期的に聖書を読むことにポイントがある
1:3 その人は、水路のそばに植わった木のようだ。時が来ると実がなり、その葉は枯れない。その人は、何をしても栄える。
水路:聖霊の働き
水路のそばは、聖霊に近い
このようになっていくと、恵みに入る
その人は、何をしても栄える:奉仕が成功するようになる
しかるべき条件を満たさなかったり、大事なポイントを逃したりするときに、実を結ばない
ある意味、それ(ダメ出し)も、神の愛
ゆえに、ひねくれたりしないこと
神の言っている方向になっていくときに、実を結ぶ
弟子の歩み→徐々に実を結ぶ
失敗をしても、ヤケになってはダメ→益になる
長期的に、益になることを開かれる
1:4 悪者は、それとは違い、まさしく、風が吹き飛ばすもみがらのようだ。
もみがらは、麦の外側の殻
風:霊的なこと、ここでは悪い霊のこと
歩みが正しくないときに、教理的に悪霊の惑わしの中で変な教理をつかむ、変な教理を我が物顔でつかんでしまう→神の前に悪者と見なされる
神の前に悪者と見なされないように歩む
1:5 それゆえ、悪者は、さばきの中に立ちおおせず、罪人は、正しい者のつどいに立てない。
人は一度死に、死後、裁きに会う
この世でいくら人から賞賛されたり、良い評価を受けたとしても、悪者だと、神の裁きのときに、罰を受けてしまう
1:6 まことに、主は、正しい者の道を知っておられる。しかし、悪者の道は滅びうせる。
道は大事
正しい道をつかめば、入るべきところに入る→艱難時代の備えをする、しもべの歩みに徹しきる
悪者は、違う道をつかんでしまう
神は、それぞれの人の歩みに報いる
神を侮らず、忠実に歩む
レムナントキリスト教会
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