Ⅱ歴代誌27章 2011.8.28

 

27:1 ヨタムは、二十五歳で王となり、エルサレムで十六年間、王であった。彼の母の名はエルシャといい、ツァドクの娘であった。

27:2 彼はすべて、主の目にかなうことを行なった。父ウジヤが行なったとおりである。ただし、彼は、主の神殿にはいるようなことはしなかった。民はなお滅びに向かっていた。

ツァドク:レビ人の中に出てくる、つまりヨタムのお母さんはレビ人の娘だった

レビ人の歩み→しかるべき母(信仰の父・母に通じること)があって育っていく、母の影響が大きい

母が大事、その血統が大事

正しい歩みをしていくときに主の前に正しい信徒が生まれる

歩みが大きく影響を及ぼす

主の目に叶い、主の目に喜ばれる歩みは結構難しい

律法学者やパリサイ人→自分達は正しいことをしている思い、キリストを十字架につけた→人前はともかく神の前に見事に失敗をした

このことは、勘違いのクリスチャンがこれから出てくることの暗示

偽善者は神の御心を勘違いしている

世の終わりにイエス様のことが再現する

偽善的な人にカルト呼ばわりされたり批難されたりする

信仰:見えないことをやっていく→ポイントの時に道が開かれる

偽善者は人の評判や世の評判を気にして正しいことが見えない

2節の後半「民はなお滅びに向かっていた」の言葉に語りかけがある

だんだんと滅びへ向かっていくのがダビデ王朝の正しい認識

どんな立派な王がいようとも神の民の歩みは時と共に滅びに到達する→約束の地から引っこ抜かれてバビロンに連れていかれる

この歴史は繰り返される

バビロン捕囚は再現する→新約の神の民も滅びへ向かっている→聖書の基本中の基本

冗談みたいな教理(Ex:艱難前携挙節等)が背教の中で受け入れられていく→神の働きは担えない

時代と共に滅びに向かう→聖書の原則

 

27:3 彼は主の宮の上の門を建てた。また、オフェルの城壁上に、多くのものを建てた。

27:4 彼はユダの山地に町々を建て、森林地帯には城塞とやぐらを築いた。

宮の門、上の門を建てた:教会を建てた

敵が侵入して来ないようにやぐらを建てた

 

27:5 彼はアモン人の王と戦い、彼らに打ち勝ったので、アモン人は、その年に、銀百タラント、小麦一万コル、大麦一万コルを彼に贈った。アモン人はこれだけのものを彼に納めた。第二年にも第三年にも同様にした。

アモン人:神の民に敵対している民

不信仰なクリスチャンが改心させられ御言葉の麦を送るようになった

 

27:6 このように、ヨタムは勢力を増し加えた。彼が、彼の神、主の前に、自分の道を確かなものとしたからである。

正しい道を歩んでいたので勢力を増し加えた

神の前に正しい道を歩むなら少人数でも勢力を増し加える→勝利に勝利、勢力を増す

Ex:獣の国アメリカ、たとえの理解→少しずつ人々に浸透させることができた

ポイントをつき正しく歩むなら働きが広がる

「自分の道を確かにする」

ある人は歩めば歩むほど滅びの道に入る

Ex:セカンドチャンス、地獄は無い→そういう惑わしに入りこの世の人と変わらなくなってしまう

はじめはきちんと歩んでいた、しかし、ますますインチキに進み道を不確かにしてしまう

しかし主の前に確かなものにしていきたい

はじめは不確かな道を歩んでいても確かな道に入っていくことにポイントがある

聞く耳があり従う思いがあるなら主が道を確かにしてくださる

正しい道に入ることにポイントがある

多くのクリスチャンは正しく歩んでいるようで崖崩れのような道を歩んでいる

全く違う方向を歩んでいる

その道が確かであることが大事

主の忠告や語りかけを聞きながら歩んでいく

 

27:7 ヨタムのその他の業績、彼の戦いと彼の行ないは、イスラエルとユダの王たちの書にまさしくしるされている。

27:8 彼は二十五歳で王となり、エルサレムで十六年間、王であった。

27:9 ヨタムは彼の先祖たちとともに眠り、人々は彼をダビデの町に葬った。彼の子アハズが代わって王となった。

すべての業績は記されている→命に書に名が記されていることに通じる

良いことも、そうでないことも、神の前にすべての行いが記されている