詩篇23篇 2013.9.8
23:1 主は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。
クリスチャンは羊
羊は弱い、ゆえに羊飼いが必要→クリスチャンは主の助けが必要
サタンはクリスチャンや教会に遠慮なく入ってくる
サタンは大いにクリスチャンに惑わしを入れる
自分が羊であり、羊飼いが必要ということを自覚していき、求めていくときに、必要な助けや守りや導きを受ける
真の私たちの人生を導かれる方がいる、でも多くのクリスチャンがこの世の価値観で歩んでいる、しかし、みことばを尊重する人は恵みを受ける
惑わしと勝負するには、主に頼ることに徹する→勝利を得る
23:2 主は私を緑の牧場に伏させ、いこいの水のほとりに伴われます。
牧場には草がある
クリスチャンはみことばによって養われる
主が導いてくださった牧場で必要なことを学ぶ
主についていくときに、必要なことが教えられる
その都度必要なことを語ってくださる、食べるべきみことばを牧場で食べさせてくださる
主を尊重し、耳を傾けていく人は必要なことが語られる
水:聖霊の水→命を与える→渇くことがない→要祈り
手間隙をかけて祈らないと聖霊に触れない、祈りの習慣を身に付ける
祈りの中で必要な示しや語りかけが与えられる
23:3 主は私のたましいを生き返らせ、御名のために、私を義の道に導かれます。
生き返らせ:私たちは、もともと罪過と罪に死んでいた者
聖書的に義人はいない
しかし罪から生き返らせてくださり、歩むべき方向、道へと導いてくださる
Ex:アブラハム→死んだような者であっても主にあって命が与えられてくる
祈りの中で主に従っていく中でだんだんと変えられて義の道(キリストが歩まれた道)へと導いてもらえる
23:4 たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。あなたが私とともにおられますから。あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです。
色々と大変な不安なところを通っても、主が共にいてくださるので大丈夫
むち→叱責であり、痛いもの→主は羊飼いとしてそれを加えられる
ケースバイケースで、場合によってはむちを加えられるのが有益になる→きちんと対応するならベストな結果がもたらされる
主は必要に応じてむちを加えられる
物事は偶然起きるわけではない
私たちの学びのために起きている
きちんと聞いていく時に叱責を聞く者になる
参照 箴言4:1,2,20,21
4:1 子どもらよ。父の訓戒に聞き従い、悟りを得るように心がけよ。
4:2 私は良い教訓をあなたがたに授けるからだ。私のおしえを捨ててはならない。
4:20 わが子よ。私のことばをよく聞け。私の言うことに耳を傾けよ。
4:21 それをあなたの目から離さず、あなたの心のうちに保て。
神は人を通して語る
神は色々な方法を通して語る
神は歩みが正しくない時に、叱責や無知を必ず加えられる
ポイントは痛みを覚えて歩みを糾すかどうか?→正せば益になる
23:5 私の敵の前で、あなたは私のために食事をととのえ、私の頭に油をそそいでくださいます。私の杯は、あふれています。
油:聖霊
聖霊の導きがある
23:6 まことに、私のいのちの日の限り、いつくしみと恵みとが、私を追って来るでしょう。私は、いつまでも、主の家に住まいましょう。
きちんとキリストを真の羊飼いとして歩む時に、このことばが成就する
羊飼いを頼って聞いていく
イエス様も夜通し祈っていた
レムナントキリスト教会
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