詩篇120篇 2015.8.2

 

120:1 苦しみのうちに、私が主に呼ばわると、主は私に答えられた。

 

困難や苦しみの中を通る。でも、主を呼ばわると祈りに答えてくださり、主が助けてくださる。

 

120:2 主よ。私を偽りのくちびる、欺きの舌から、救い出してください。

 

「私を偽りのくちびる」「欺きの舌」は、クリスチャンと大いに関係がある。

 

教会において気を付けるポイント:偽り&欺きの教理に入ってしまう。

 

それぞれの人が、それぞれのことに引っ掛かっている。

 

Ex:ホーリネス系:完全なきよめ、ブラザレン系:牧師を否定

 

聖書で度々、偽り&欺きのことが出てくる。そして場合によっては永遠の命を失ってしまうことがある。

 

では、どうすれば引っ掛からないのか?

 

エレミヤ牧師の証:神を真理とすることに徹することにした。ある時から神のことばを優先することを決心して実践するようになってから、偽り&欺きから免れるようになった。真理が見えるようになった。そして聖書のことばはたとえで書かれているということを真実とした。そうしたところ、世の終わりは教会やクリスチャンが裁かれることを悟った。

 

偽り&欺きが教会やクリスチャンを覆っている。しかし神のことばを真理としていくときに、あらゆることが逆転していく。

 

あらゆることを吟味&試験していくことが聖書的。

 

120:3 欺きの舌よ。おまえに何が与えられ、おまえに何が加えられるのか。

120:4 勇士の鋭い矢、それに、えにしだの熱い炭火だ。

 

欺きの舌:偽りの教理を言うメッセンジャー

 

教師は危険な仕事。場合によってはゲヘナへ入ってしまう。

 

教師とゲヘナは近い。教師は厳しい裁きに会う。教師は危険を承知の上で奉仕をしていく。

 

勇士の鋭い矢:霊的なこと。惑わしに入っていく。Ex:艱難前携挙説

 

ちなみにレムナントキリスト教会は間違えた教理を糾していく働きをしている。

 

120:5 ああ、哀れな私よ。メシェクに寄留し、ケダルの天幕で暮らすとは。

 

「メシェク」について。

 

参照 エゼキエル書38:223

38:2 「人の子よ。メシェクとトバルの大首長であるマゴグの地のゴグに顔を向け、彼に預言して、

38:3 言え。神である主はこう仰せられる。メシェクとトバルの大首長であるゴグよ。今、わたしは、あなたに立ち向かう。

38:4 わたしはあなたを引き回し、あなたのあごに鉤をかけ、あなたと、あなたの全軍勢を出陣させる。それはみな武装した馬や騎兵、大盾と盾を持ち、みな剣を取る大集団だ。

38:5 ペルシヤとクシュとプテも彼らとともにおり、みな盾とかぶとを着けている。

38:6 ゴメルと、そのすべての軍隊、北の果てのベテ・トガルマと、そのすべての軍隊、それに多くの国々の民があなたとともにいる。

38:7 備えをせよ。あなたも、あなたのところに集められた全集団も備えをせよ。あなたは彼らを監督せよ。

38:8 多くの日が過ぎて、あなたは命令を受け、終わりの年に、一つの国に侵入する。その国は剣の災害から立ち直り、その民は多くの国々の民の中から集められ、久しく廃墟であったイスラエルの山々に住んでいる。その民は国々の民の中から連れ出され、彼らはみな安心して住んでいる

38:9 あなたは、あらしのように攻め上り、あなたと、あなたの全部隊、それに、あなたにつく多くの国々の民は、地をおおう雲のようになる。

38:10 神である主はこう仰せられる。その日には、あなたの心にさまざまな思いが浮かぶ。あなたは悪巧みを設け、

38:11 こう言おう。『私は城壁のない町々の国に攻め上り、安心して住んでいる平和な国に侵入しよう。彼らはみな、城壁もかんぬきも門もない所に住んでいる。』

38:12 あなたは物を分捕り、獲物をかすめ奪い、今は人の住むようになった廃墟や、国々から集められ、その国の中心に住み、家畜と財産を持っている民に向かって、あなたの腕力をふるおうとする。

38:13 シェバやデダンやタルシシュの商人たち、およびそのすべての若い獅子たちは、あなたに聞こう。『あなたは物を分捕るために来たのか。獲物をかすめ奪うために集団を集め、銀や金を運び去り、家畜や財産を取り、大いに略奪をしようとするのか。』と。

38:14 それゆえ、人の子よ、預言してゴグに言え。神である主はこう仰せられる。わたしの民イスラエルが安心して住んでいるとき、実に、その日、あなたは奮い立つのだ。

38:15 あなたは、北の果てのあなたの国から、多くの国々の民を率いて来る。彼らはみな馬に乗る者で、大集団、大軍勢だ。

38:16 あなたは、わたしの民イスラエルを攻めに上り、終わりの日に、あなたは地をおおう雲のようになる。ゴグよ。わたしはあなたに、わたしの地を攻めさせる。それは、わたしがあなたを使って諸国の民の目の前にわたしの聖なることを示し、彼らがわたしを知るためだ。

38:17 神である主はこう仰せられる。あなたは、わたしが昔、わたしのしもべ、イスラエルの預言者たちを通して語った当の者ではないか。この預言者たちは、わたしがあなたに彼らを攻めさせると、長年にわたり預言していたのだ。

38:18 ゴグがイスラエルの地を攻めるその日、――神である主の御告げ。――わたしは怒りを燃え上がらせる。

38:19 わたしは、ねたみと激しい怒りの火を吹きつけて言う。その日には必ずイスラエルの地に大きな地震が起こる。

38:20 海の魚も、空の鳥も、野の獣も、地面をはうすべてのものも、地上のすべての人間も、わたしの前で震え上がり、山々はくつがえり、がけは落ち、すべての城壁は地に倒れる。

38:21 わたしは剣を呼び寄せて、わたしのすべての山々でゴグを攻めさせる。――神である主の御告げ。――彼らは剣で同士打ちをするようになる。

38:22 わたしは疫病と流血で彼に罰を下し、彼と、彼の部隊と、彼の率いる多くの国々の民の上に、豪雨や雹や火や硫黄を降り注がせる。

38:23 わたしがわたしの大いなることを示し、わたしの聖なることを示して、多くの国々の見ている前で、わたしを知らせるとき、彼らは、わたしが主であることを知ろう。」

 

少しずつ順に見ていきましょう。

 

38:2 「人の子よ。メシェクとトバルの大首長であるマゴグの地のゴグに顔を向け、彼に預言して、

 

マゴグの地のゴグ:カトリック(北イスラエル)からの災い。すなわちカトリックに関する災いの預言。「ゴグ」とは、「山」という意味合い。「山」は教会のたとえで、ひとつの教会のことを言われている。ひとつの教会とは、カトリックのこと。つまりカトリック教会の語りかけについてのことを言っている。

 

38:3 言え。神である主はこう仰せられる。メシェクとトバルの大首長であるゴグよ。今、わたしは、あなたに立ち向かう。

38:4 わたしはあなたを引き回し、あなたのあごに鉤をかけ、あなたと、あなたの全軍勢を出陣させる。それはみな武装した馬や騎兵、大盾と盾を持ち、みな剣を取る大集団だ。

38:5 ペルシヤとクシュとプテも彼らとともにおり、みな盾とかぶとを着けている。

38:6 ゴメルと、そのすべての軍隊、北の果てのベテ・トガルマと、そのすべての軍隊、それに多くの国々の民があなたとともにいる。

38:7 備えをせよ。あなたも、あなたのところに集められた全集団も備えをせよ。あなたは彼らを監督せよ。

38:8 多くの日が過ぎて、あなたは命令を受け、終わりの年に、一つの国に侵入する。その国は剣の災害から立ち直り、その民は多くの国々の民の中から集められ、久しく廃墟であったイスラエルの山々に住んでいる。その民は国々の民の中から連れ出され、彼らはみな安心して住んでいる

38:9 あなたは、あらしのように攻め上り、あなたと、あなたの全部隊、それに、あなたにつく多くの国々の民は、地をおおう雲のようになる。

 

カトリックが正しいクリスチャンたちを、教理をもって襲っていく。

 

一つの国:神の国、教会

 

:みことば、教理

 

,9節で言われていること→あらゆる偽りの教理から立ち直ったクリスチャンをカトリックが襲う。

 

その民は多くの国々の民の中から集められ、久しく廃墟であったイスラエルの山々に住んでいる:戻るべき教理に戻っているクリスチャンのこと。

 

その民は国々の民の中から連れ出され、彼らはみな安心して住んでいる:エドム(俗悪なクリスチャン)やペリシテなど、色々な国々から集められ、戻るべき所に戻ったクリスチャンのこと。

 

38:9 あなたは、あらしのように攻め上り、あなたと、あなたの全部隊、それに、あなたにつく多くの国々の民は、地をおおう雲のようになる。

38:10 神である主はこう仰せられる。その日には、あなたの心にさまざまな思いが浮かぶ。あなたは悪巧みを設け、

38:11 こう言おう。『私は城壁のない町々の国に攻め上り、安心して住んでいる平和な国に侵入しよう。彼らはみな、城壁もかんぬきも門もない所に住んでいる。』

38:12 あなたは物を分捕り、獲物をかすめ奪い、今は人の住むようになった廃墟や、国々から集められ、その国の中心に住み、家畜と財産を持っている民に向かって、あなたの腕力をふるおうとする。

 

終末、カトリックが悪く用いられる。カトリックは聖書を否定することを言っている。正しいクリスチャンを迫害するために、カトリックは用いられる。

 

38:13 シェバやデダンやタルシシュの商人たち、およびそのすべての若い獅子たちは、あなたに聞こう。『あなたは物を分捕るために来たのか。獲物をかすめ奪うために集団を集め、銀や金を運び去り、家畜や財産を取り、大いに略奪をしようとするのか。』と。

38:14 それゆえ、人の子よ、預言してゴグに言え。神である主はこう仰せられる。わたしの民イスラエルが安心して住んでいるとき、実に、その日、あなたは奮い立つのだ。

38:15 あなたは、北の果てのあなたの国から、多くの国々の民を率いて来る。彼らはみな馬に乗る者で、大集団、大軍勢だ。

 

カトリックは大軍勢。そして正しいクリスチャンの敵となる。

 

38:16 あなたは、わたしの民イスラエルを攻めに上り、終わりの日に、あなたは地をおおう雲のようになる。ゴグよ。わたしはあなたに、わたしの地を攻めさせる。それは、わたしがあなたを使って諸国の民の目の前にわたしの聖なることを示し、彼らがわたしを知るためだ。

 

 

38:17 神である主はこう仰せられる。あなたは、わたしが昔、わたしのしもべ、イスラエルの預言者たちを通して語った当の者ではないか。この預言者たちは、わたしがあなたに彼らを攻めさせると、長年にわたり預言していたのだ。

 

聖書に預言されたことが終末に起きる。→ハルマゲドンの戦い

 

38:18 ゴグがイスラエルの地を攻めるその日、――神である主の御告げ。――わたしは怒りを燃え上がらせる。

38:19 わたしは、ねたみと激しい怒りの火を吹きつけて言う。その日には必ずイスラエルの地に大きな地震が起こる。

38:20 海の魚も、空の鳥も、野の獣も、地面をはうすべてのものも、地上のすべての人間も、わたしの前で震え上がり、山々はくつがえり、がけは落ち、すべての城壁は地に倒れる。

 

地震:迫害、揺り動かし→これによって、正しいクリスチャンとそうではないクリスチャンが選り分けられる。

 

38:21 わたしは剣を呼び寄せて、わたしのすべての山々でゴグを攻めさせる。――神である主の御告げ。――彼らは剣で同士打ちをするようになる。

38:22 わたしは疫病と流血で彼に罰を下し、彼と、彼の部隊と、彼の率いる多くの国々の民の上に、豪雨や雹や火や硫黄を降り注がせる。

38:23 わたしがわたしの大いなることを示し、わたしの聖なることを示して、多くの国々の見ている前で、わたしを知らせるとき、彼らは、わたしが主であることを知ろう。」

 

でも、このように攻めてきたカトリックに分裂が起き、霊的な災いや滅びに入っていく。

 

つまり、「メシェク」ということばを通して、カトリックの災いが正しいクリスチャンを襲うことが理解できる。でも主からの助けがあり、カトリックは滅ぶ。

 

再び詩篇に戻ります。

 

終わりの日に、住みたくもないのにカトリックと一緒に住む。エキュメニカル(カトリック&プロテスタントの合同)は、実現する。しかしこれは、災いの日となる。カトリックと住むようになったら哀れ。けれども背教のゆえに、プロテスタント教会にカトリックが侵入してくる日が来る。

 

「ケダル」についても見てみましょう。

 

参照 創世記25:12,13

25:12 これはサラの女奴隷エジプト人ハガルがアブラハムに産んだアブラハムの子イシュマエルの歴史である。

25:13 すなわちイシュマエルの子の名は、その生まれた順の名によれば、イシュマエルの長子ネバヨテ、ケダル、アデベエル、ミブサム、

 

イシュマエルはアブラハムの子孫。そして「ケダル」は、イシュマエルの子ども。

 

イシュマエルについて、多少なりとも知っていたほうが良い。

 

アブラハムからふたりの子どもが生まれた。イサクとイシュマエルである。そしてイサクを通してキリストの教えが出てくる。一方、イシュマエルを通してイスラム教の教えが出てくる。ゆえに、アブラハムはあらゆる宗教の先祖と言える。

 

再び詩篇に戻ります。

 

プロテスタントのクリスチャンでありながら、カトリックの教えを聞いたり、イスラム教のアラーの神を拝まなければいけなくなるという日がいずれ来ると思われる。つまりこのことは、背教の教会に対して災いが下ってくる、という預言。ゆえに仮庵の祭り(地下教会)を行う。

 

120:6 私は、久しく、平和を憎む者とともに住んでいた。

120:7 私は平和を――、私が話すと、彼らは戦いを望むのだ。

 

「平和」「戦い」について。

 

ひとつは戦争を推進してはいけない。でも、この箇所はそれだけを言われているわけではない。

 

「平和」ということばは、ヘブル語で「シャローム」とある。また、「ソロモン」の名前もそう。ちなみに「ソロモン」は「聖霊」のたとえ。つまり、「平和」とは、「聖霊」のことを言われている。

 

ゆえに、「平和を憎む者とともに住んでいた。」とは、聖霊を憎む人と一緒に住んでいた、ということを言われている。

 

世の終わりのひとつの特徴:聖霊を憎むようになる。このことはまさに、イエスさまの時に起きた。イエスさまをカルトと呼び、異端扱いをして最後は十字架に付けて殺した。これはまさに聖霊が憎まれるということを描写しているし、世の終わりにも再現する。つまり、聖霊が憎まれる時がこれから来る。

 

たとえばペンテコステ派の教会では、悪霊を縛ることを行っている。けれどもこのことは、やがて聖霊を縛ることにつながっていくと思われる。ちなみにイエスさまもピラトの前や十字架で縛られた。その時からエルサレムの人々はサタンに惑わされて最後は滅んだ。つまり、終末も聖霊が追い出されて、サタンの惑わしに入る。

 

参照 ヘブル人への手紙10:29

10:29 まして、神の御子を踏みつけ、自分を聖なるものとした契約の血を汚れたものとみなし、恵みの御霊を侮る者は、どんなに重い処罰に値するか、考えてみなさい。

 

このこと、つまりキリストをないがしろにすることは実現すると思われる。

 

契約の血を汚れたものとみなし:聖霊を汚れたものと見なす。聖霊を悪霊呼ばわりする。そしてこのことは、イエスの時にも成就した。

 

けれども聖霊を追い出し、悪霊呼ばわりをする者は、「重い処罰」を受ける。

 

終末の大きなポイント:霊の見分け&聖霊の声に聞き従う。